![]() |
![]() |
|
平成23年10月12日(水) | |
|
昨日のブログで「洗心茶碗」について記録に留めたが当然のことながら別途作製した「オリジナル志野茶碗」についても記録に留めておかねばならない。これは「洗心茶碗物語」よりもより生々しい歴史がある。「浪速武道館洗心亭お茶室披き記念オリジナル作品 志野茶碗物語」とでも言うか。 書けばA4サイズ10枚にはなろうが、そうもいかない為苦労して2枚に纏めた。従って桐箱に入る「由緒書き」は異例の2枚になるが仕方が無い。洗心茶碗はこれ以上はない別格中の別格作品である。それはお家元の揮毫より頂いた「洗心の字焼付け作品」だからである。 しかしこのオリジナル茶碗もこれ又悪くはない。誇りを持って引出物に出せる。私は一品ずつ検品し桐箱の蓋裏に「洗心の字」を書き入れた。本当はもっと立派なお方が書くべきかも知れないとは思ったが「教育トライアングル」の完成の最終章のお茶室披きであり、浪速改革をリードしてきた私の責務と考えたからである。 又浪速武道館正面玄関に入った真正面に飾っている「武」の字を写し取った「焼き鏝」で「武の焼印」を押している。これで本校の指導方針「文武両道」が表現できたと思っている。洗心の墨の色と武の焼印はそれなりの記念の品物になったと自負しているのだ。 志野茶碗、一つは「ろくろ」を使った作品群と一個一個「手びねり」で作った作品群があり、二人の作者で製作された。先の洗心茶碗と合わせてどのような基準でお客様に差し上げるのか現在検討中であるが、悩ましい。 コストもかかっており誰彼に差し上げると言うわけにもいくまい。学校関係者には「ご祝儀の儀固くご辞退」としており、このような方には別途ささやかな「記念品」を考えている。詳細今は書けないが「一工夫」したもので喜ばれるに違いない。 浪速武道館お茶室「洗心亭」お茶席披き記念品 「浪速オリジナル作品志野茶碗物語」 平成23年は我国とっても本校にとっても忘れられない日となりました。3月11日東日本大震災が発生したこの日、私は2日後の3月13日に控えた浪速武道館の竣工祭の準備の為にお茶室「洗心亭」で関係者や茶道部の生徒と共に受け入れの準備中に床の間の軸が小さく揺れるのを感じました。 後刻東日本において、その被害の甚大なことを知り、式典は予定通り行うが夕刻に予定されていた完成祝賀会と5月の連休明けに計画していた「お茶席披き」は自粛することと致しました。このようにこの浪速武道館は我国にとって未曾有の国難をもたらした大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故の年に竣工されたものであります。 一方本校では平成19年から始まった「学校改革の最終章がこのお茶室披き」でありました。平成20年、千早赤阪村に開設した校外学習合宿施設「多聞尚学館」、そして平成22年の堺市に建設した総合球技場「浪速ふくろうスタジアム」そして今回の「浪速武道館」の竣工を持って「教育トライアングル」の完成と称しています。理事会や全教職員が一致協力して推進した浪速改革の具体的な成果なのです。 そして遂に平成23年10月29日(土)にご関係の皆様のご理解とご支援を頂き「お茶室披き」を挙行することが出来ました。この間玉永清枝先生のご社中と南坊城康子先生ご社中には格別のご指導とご支援を頂き感謝に耐えません。 和室全体を表して「洗心亭」としていますが、「洗心」は本校理事長職務代理で道明寺天満宮の南坊城充興宮司に名付けて頂き、それに表千家千宗左お家元が「亭」の字を与えて下さり洗心亭となったものであります。お家元には有り難くも「洗心亭の揮毫」も頂戴致し、お茶会当日にはご名代として木村雅其宗匠を派遣して頂きました。 「お茶席披きの引出物」については全然悩むことも無く当初から「お茶碗」にすることを決めていました。自分が焼き物をやり、特に抹茶茶碗が大好きと言うこともありますが、大体どのお茶席でも引出物はお茶碗が多いと考えたからです。 こういう場合は有名な陶芸家に依頼して作って貰うのが一般的だと思いますが、私は異なる方法を選択しました。それは発展途上の若き陶芸家に作陶を依頼することでした。その方が学びの途中に有る学校茶道のお茶席披きの記念品により合致すると思ったからです。 但し、「私のイメージにあった」作品を作って貰う事としました。しかしこれからが大変で、泉州地域で窯を持っている若き芸術家の卵を探すのに担当者は相当苦労しました。ネットで探りながら候補を絞り込み、私に候補者を提示してくれたのです。 そして複数の陶芸家に連絡を入れ、順番に回り、今まで作られた作品を見せて頂きました。又作陶の腕もさり乍ら、大切なことは「やる気」と「品」であり、幾ら技巧的に優れていても作品から品格が感じられないようなものは引出物にはなりません。私は注意深く陶芸家の作品を観察しました。 私は自らが目の前でろくろを回したり茶道のご経験などもお聞きしました。お茶を知らない人には「茶陶」は難しいものです。当初から形は「志野茶碗」に限ると考えておりました。理由については、ただ志野茶碗が本校のお茶室に似合うと感じたからですが長石単味の乳白色の志野でも良いし、鬼板が赤く発色する「ねずみ志野」でも良いから、志野に限るとしたのであります。 そして最終的に2名に絞り込んで具体的な話し合いをしたのですが、まだ不安残り、まず「試作品」を作って頂き、それを見てから最終的に判断することとしたのです。試作にかかる費用は一切を当方が負担すると申し上げました。 陶芸家のお名前は男性が「天志窯の中西天志さん」であり、女性が「聖窯(きよいがま)の中出聖子さん」です。試作品が出来たと言うので楽しみに観に行きましたが、2回目、3回目の試作にチャレンジしてもらった経緯もあります。そのようにして約1年が経過しました。 陶芸家は「お茶人に拠って育つ」といわれているように利休は楽を育てました。魯山人はろくろ師に傍で指示してあの有名な作品群を作ったのであります。恐れ多いことながら自分もそのような気になって行き、最後は必死でした。 作品の出来栄えについてはとやかく言いません。ただ前述したような経緯で作った作品であり、学校と同じで「学びのプロセスにある人間の作品」として評価いただければ有り難いと思っています。 お茶室洗心亭は様々な思い込めた設計としております。我国は「神々の国」であり、本校は大正12年に神社神道の根本儀を建学の精神に持つ学校であります。森羅万象すべてに神が宿り、「五穀豊穣」を祝い自然の持つ力に感謝することが日本人の心であります。 お茶室洗心亭は武道館の中にある「精神的な真髄の場所」という捉え方で設計段階から最重要として位置づけてきました。そこに和室とお茶室を設け、「日本の歴史の原点である古事記の世界」と神社界では極めて重要なものである罪穢れを消滅するための祈りの言葉「祝詞」であるところの「大祓詞(おおはらえのことば)」の具現化が茶室の杉板戸に描かれたものです。 私は頑張って頂いた陶芸家の為に桐箱の「蓋の裏書」は自ら書かせて頂きました。「洗心」と書き、浪速武道館正面玄関の武の額を写した焼き鏝で「武」の一字を焼き付けました。このような経緯でお茶室洗心亭お席披きの引出物オリジナルの志野茶碗は出来上がりました。心からお二人の陶芸家に感謝しております。 このお茶室披きにより表千家学校茶道部の正式な一員として認定され多くの部員を誇る浪速茶道部として順調に門出をすることが出来ました。生徒には茶道を学ぶことでこの武道館に流れる「清冽」と「品格」の中、茶道の心「和敬静寂」の精神を身に付けて欲しいと念願しています。 平成23年10月29日(土) | |